地震電磁気現象の計測技術と研究動向
早川 正士
1. ULF観測
1-1 ULF放射研究の歴史と現状
1980年代後半に入り、地震に関連すると見られるULF帯の地磁気変動に関する研究が開始された。一般に高い周波数の電磁波は表皮効果により地表まで伝搬出来ないが、ULF帯電波にはこの問題はない。後出する日本のフロンティア計画が開始されるまでで、地震に先行する磁場変動として信頼できる事例は、(1)アルメニア.スピタク地震(1988年12月8日マグニチュード(M)6.9,深さ(d)6km)(2)アメリカ.ロマプリータ地震(1989年10月8日M7.1、d=15km)、(3)グアム地震(1993年8月8日M8.0、d=60km)の三つであった。
1-2 関東地区におけるULF観測ネットワーク
国内での地震電磁気現象の研究は神戸地震後の旧科学技術庁主導によるフロンティア計画により大きな発展をとげた。二つのフロンティアは(1)理化学研究所と(2)旧宇宙開発事業団(早川担当)によるものである。理化学研究所のフロンティアでは直流の地電流の測定を中心テーマととらえ、他方宇宙開発事業団は地震リモートセンシングフロンティア研究の名が示すように、地圏のみならず、大気圏や電離圏での地震に伴うじょう乱を総合的に調査した。両フロンティア研究の境界領域であるULF放射に対して両フロンティアグループが協力してULF放射の観測及び研究を行ってきた。まず、理化学研究の主眼である地電流(VAN法)測定は直流の測定であるが、より高周波のULF現象とも密接に関係していることが予想される。また、前述した大地震に対する明瞭な前兆ULF放射が確認されるに至り、関東地区での大地震に備えることを目的として、関東地区にULFネットワークを構築した。
1-3 将来の3成分磁場観測網の構築に向けて
現在、日本では気象庁地磁気観測所、国土地理院等で3成分磁場の連続測定が行われているが、サンプリングレートは1分に1データといったものが多い。大学等でもかなりの観測網が構築されているが、残念ながら固体地球物理学の分野ではプロトン磁気計による全磁力計測が主流を占めている。この磁気計は直流測定では優位であるが、ULF帯ではその性能が落ちる。磁場データを地震予測研究に応用するためには(1)3成分磁場測定データであること、(2)サンプリングレートは毎秒1サンプリング以上、(3)分解能として10pT以下が望ましい。
また、磁場変動による地殻活動監視には地磁気活動/太陽活動をよく知る必要がある。規模の大きな地震の直前には地磁気変動のような変動があることもいくつかの例で見つかっており、信号の時空間的な特徴を正確に把握し、信号を弁別する上で衛星による宇宙からの監視と陸上からの監視をネットワーク化させることも必要である。
2. 電離層じょう乱観測
2-1 VLF/LF送信局電波を用いた電離層じょう乱の観測
既存の送信局電波を用いて地震に伴う大気圏や電離圏のじょう乱を検出しようとするものである。送信局電波を用いた能動実験の長所は送信点の諸特性(場所、送信周波数、送信出力等)が完全に把握されており受信点(観測点)との間(大円という)のどこで発生する地震に対しても感知できる点である。前述したULF波観測は局所観測であり、主として観測点の近くにて地震が発生しないと、ULF波を受信することが出来ない。このため今までに観測された事例は世界中のデータを集めても10数例にすぎない。それに反して、送信局電波を用いた能動実験は積分観測と呼べ、事例数を蓄積することが極めて容易であるという重要な特徴を持っている。この能動実験は神戸地震後の旧宇宙開発事業団の地震リモートセンシングフロンティア計画(早川担当)にて多くの成果を収めた。高周波(VHF帯)での送信局としてFM放送波があり、見通し外でも受信されることがしばしばある。このような見通し外VHF波(FM放送波)に対する方位測定(八木アンテナを用いて方位角と入射角を決定する)から、この見通し外VHF波の受信は地震に伴う大気圏をじょう乱によることを初めて明らかにした。以下ではVLF/LF伝搬に基づく電離層じょう乱の事例を示す。
まず、我々の神戸地震に対する電離層じょう乱の発見を述べよう。本研究は前述したフロンティア計画直前の結果である。対馬にはオメガ局(10,11,13kHz)送信局が設置されており(航行用であったが、1997年9月末に停波した)、その発射された電波は電離層.大地導波管内を伝搬し、犬吠観測点(当時通信総合研究所)にて観測されたVLFデータを同研究所と共同にて解析した、対馬-犬吠伝搬路、この距離は約1,000kmで、VLF伝搬にとっては極めて短距離といえる。このような短距離伝搬では多モードによる干渉により日出、日没において振幅、位相に最小となる時刻(ターミネータと名づけた)が出現することが電離層・大地導波管伝搬理論から明らかとなっている。この日出、日没付近でのターミネータータイムが神戸地震に対して異常を示した。この異常は地震の数日前から発生し、地震当日に消失した。日中が等価的に長くなっていることを示し、下部電離層が数km低下することにより説明できる。本発見は地震に伴う電離層じょう乱の初めての信頼できる結果として世界的に認められ、2004年6月に打ち上げられた地震電磁気専用衛星(仏国DEMETER衛星)のパンフレットの第1頁に引用されている。更に、本神戸地震も含め過去13年間の対馬-犬吠データにより11例(マグニチュード6.0以上の)に対する解析から、浅い(深さ30km以下)、しかも大円近くの地震の約80%に対して電離層じょう乱が発生することを確かめた。
前述した旧宇宙開発事業団フロンティア計画ではこのVLF/LF送信局電波を用いた電離層じょう乱観測を最重要項目として位置づけた。
2-2 VLF伝搬による電離層じょう乱観測の現状と最新の結果
(1) 国内VLFネットワークの構築
国内7観測点(北から北海道母子里、東京調布、千葉館山、清水、春日井(名古屋)、舞鶴、高知)をフロンティア計画にて設置し、各観測点では(1)NWC局(オーストラリア西部、19.8kHz)、(2)NPM局(ハワイ、21.4kHz)、(3)NLK局(米国、24.8kHz)、(4)JJY局(福島、40kHz)、(5)JJI局(九州えびの、22.2kHz)を同時受信している。多くのVLF/LF送信局電波の電離層.大地導波管内伝搬波の振幅と位相を各観測点では精度良く計測している。地震に伴う電離層じょう乱観測では120秒(2分)のサンプリングとなっている。従来のVLF局電波観測システムでは1局だけを受信するシステムで1分サンプリングがほとんどであったが、我々のシステムでは次のような改良を行っている。複数局の同時受信と時間分解能を変化させること(50ミリ秒から120秒まで)を初めて実現している。7観測点と各観測点での5局のVLF/LF送信局電波の受信により、本国内VLFネットワークを用いてほぼ日本全域の地震に対応することができる。また、多くの伝搬経路での異常の出現(非出現)の比較により地震に伴う電離層じょう乱域を100km程度の精度にて推定することも可能としている。
更に、外国との共同研究として、我々のVLF/LF受信器の設置要請があり、ロシアカムチャッカ、台湾、南ヨーロッパ(ギリシャ、イタリア)にも設置され、データが蓄積されている。
(2) 統計解析
多くの事例解析に加えて、電離層じょう乱と地震との因果関係を統計的にも調べている。まず、Rozhnoiらは日本のJJY局をロシアカムチャッカ観測点にて受信した2年間にわたるデータを用いて、M5.5以上の地震に対しては電離層じょう乱を検出できることを報告している。また、国内でのJJY局-高知観測点間の伝搬パスに対して、6年間のデータを用いてSuperimposed epoch analysis により地震(M5.5以上)と電離層じょう乱(VLF電界強度)との明瞭な因果関係を統計検定により確認している。
2-3 地圏・大気圏・電離圏結合の解明に向けて
学問的には地圏の効果がいかに大気圏や電離圏まで影響するかという問題が注目され、我々が提唱した「地圏・大気圏・電離圏統合」という言葉は地震電磁気分野で一般的な言葉として近年定着している。可能な結合機構は三つのチャネルが考えられる。(1)chemical channel、(2)acoustic channelと(3)electromagnetic channelである。
(1)の化学チャネルは地震の前に地下からのラドン放出等により大気の導電率が変化し、それに伴う大気電界の変調が電離層じょう乱を引き起こすものである。(2)の音響チャネルは大気振動(主としては大気重力波、大気音波)によるエネルギーの下部電離層への伝達によるもの。最後の(3)の電磁チャネルは電磁波による結合で、地震前兆の電磁波(ULF波等)による下部電離層の直接的加熱・電離やULF波が磁気圏へ侵入し内部放射帯プロトンと相互作用し、電離圏へ粒子を降下させるなどとするものである。第3チャネルは強度的に不十分であることを我々は既に示しており、第1のchemical channelと第2のacoustic channelについての考察が重要になると思われる。我々を含め世界各国にて精力的にこちらの機構の追究が行われている。
3. むすび
以上地震に伴う電磁気現象を記述してきたが、かかる電磁気現象は(1)地震の主として前兆として出現すること(前兆性)と(2)かなり深い震源での情報を地表や電離層へ伝達する(遠隔性)という二つの重要な特徴から、地震の短期予測に極めて有望なものと理解されよう。我々の研究を中心とした考察から、地震の短期予測の観点から(1)ULF放射と(2)VLF送信局電波による下部電離層じょう乱が最も有望であると主張してきたが、この点は近年世界的に認知されつつある。もちろん、観測的にも理論的にも解明すべき興味深い問題が多く残っており、多くの努力が望まれることはいうまでもない。この分野の最新の流れとして注目されるのが衛星観測である。米国での小型衛星に続いて、仏国の地震電磁気専用衛星(DEMETER)が2004年6月末に打ち上げられ、良質のデータを獲得している。地震(また津波)に伴なうプラズマ異常や電波雑音の検出を目指している。地上観測との密接な連携によりメカニズムの解明に大きく貢献すると信ずる。
「電子情報通信学会論文誌」((社)電子情報通信学会2006)抜粋
